買い物 2024/04/20 Sat 買い物 7月初旬。全国的な梅雨明けが報道されるようになった頃、僕は玄関の戸棚から買ってもらったばかりの靴を取り出し、その履き心地を確かめていた。 ライトグリーンの下地に紫のラインが入った某人気ブランドの靴。「女の子みたいだね」と皆は言うけれど、僕はこの色の組み合わせをとても気に入っている。――残念ながら最近は雨続きで中々履く機会に恵まれなかったけど 『やっと外に履いていける。早くこれで走り出してしまいたい。』 はやる気持ちを抑え、足が靴に馴染むよう足をパタパタさせていると、奥の部屋から玄関に向かってくる足音があるのに気がついた。そそくさと立ち上がり、玄関口にて足音の主を待つ。まぁ足音の主とは概ね誰か予想がつくと思うが、今日は巽兄と夕飯の買い出しに行くことになっているのだ。 ようやく玄関に姿を見せた巽兄は、そんな「待ちきれない」と言わんばかりの僕を一瞥し、 「ちょっと待ってくださいね」 ゆったりとした動作で靴を履き始めた。どうもこのところ急な気圧の変化で調子が出ないらしい。昔はそんなことなかったらしいのだが なんて、そんなことはお構いなしに僕は巽兄が靴を履き、立ち上がるのを確認するなり勢いよくスーパーに向かって走り出した。18時だというのにまだ空は明るい。生ぬるい湿った空気が纏わりつくこの感覚が気持ち悪いようで癖になる。 家からスーパーまでは徒歩5分。大人が走れば3分もかからないだろう。そんな道のりを走っては立ち止まり、振り返ってはまた走り出し、そんなことを繰り返しながら進んだ。 スーパーに着いて最初に目についたのは、入口を囲むようにしてずらりと並べられた野菜の苗。背丈が伸びたトマトや那須、胡瓜などの苗が小さなポットから大きくはみ出し、自らの重さで前傾している。まるでいつ訪れるのかも分からない買い手のことを待ちぼうけているようだ。 しゃがんでそれらを観察していると、やっと追いついたというように巽兄が僕に声をかけてきた。 「野菜の苗ですか。随分と成長してしまっているようですが」 僕はしゃがんだまま巽兄をじっと見つめ、買うまでここから動かないぞという意志を控えめに示してみた。特に何かを育ててみたいという訳ではなかったが、見ているうちになんだか可哀想になってきてしまったのだ。 そんな僕を見て困った顔をする巽兄。少し考える素振りをして 「……ふむ、そうですな。最近は葉野菜も収穫の頃合いを迎え、畑に空きができていますし……丁度良いのかもしれませんな」 ニコリと笑う。 「ですが、まずはこのメモにある買い物を済ませてしまいましょう。苗選びはその後です。さぁ立って。行きますよ」 巽兄に促されるまま僕は立ち上がり、その場をあとにした。 スーパーにて、僕は巽兄から頼まれた食材を大方調達し終えた後、知り合いと挨拶を交わす巽兄を尻目に、一目散にお菓子売り場へと向かった。 お気に入りのお菓子を一つ選び、巽兄の元へと持って行く。巽兄は一瞬「やられた」という表情をしたあと 「500円以内であればいいでしょう。ただし、他の子ども達と分け合うこと」 僕は大きく頷いた。巽兄から500円玉を受け取り、再びお菓子売り場へと向かう。子供用のカラフルなカゴを手に取って1列1列じっくりと、お菓子と値段を天秤にかけ精査する。施設に子どもは僕を含めて5人。一人100円とすると…。 カゴいっぱいのお菓子を抱え巽兄を探していると、彼も僕を探していたらしく 「次からは俺が行くまでその場で待っていてください。できますか?」 軽いお叱りを受けた。 この時間帯のレジは混み合っていて、僕達はできるだけ空いてるレーンを探し並んだ。巽兄が隣のレーンに並ぶ人から声をかけられる。相変わらず顔の広い人だ。僕は大人しく、レジ横の商品を見るなりして時間を潰すことにする。 レジ打ちが終わり、自動精算機に巽兄がお金を入れる。それと同時に、僕は商品の入ったカゴを台に運ぶ。家から持ってきたエコバックを広げて手早く詰める。重くて大きいものから順番に、軽くて潰れやすいものは上に。お菓子はポリ袋に小分けにして…。 僕は割とここに生きがいを感じている。買い物についてきたからには役に立ちたい。 今日は買うものが少なかったからか、巽兄が精算し終えるより先に詰め終えられた。僕は巽兄を見やりドヤる。気づいて微笑む巽兄。『見事です。前回よりも詰めるのが早くなったのでは?』こんな声が聞こえてくるようだ。 僕たちは小さな緑の実まで付けている萎びたトマトの苗と他に2,3本見繕ってスーパーをあとにした。 巽兄に買い物袋を持ってもらい、苗の方を2人で、袋の取手を片方ずつ持ち帰路につく。 道中、巽兄がふと寂しそうに 「ふふ、君はいつまで俺とこうして買い物に行ってくれるのでしょうか」 と言うので、僕は 「いっしょうだよ。一生一緒にいるんだから当たり前じゃん!」 と言い放ってやった。すると巽兄は屈託のない表情を浮かべて 「約束ですよ♪指切りしましょう」 『ゆびきりげんまん』を歌い始めた。夕焼け空の下、僕達の歌声が響く。 歌い終わって顔を見合わせ、ひとしきり笑ったあと、僕はなんだか照れくさくなって足元を見た。靴が目に入る。そしてやはり思うのだ。みんながどう言おうと、僕は巽兄とお揃いの色をしているこの靴を選んで良かったと。この色が、―――彼が大好きだと。 〈〈前の話 次の話〉〉 ページTOP
7月初旬。全国的な梅雨明けが報道されるようになった頃、僕は玄関の戸棚から買ってもらったばかりの靴を取り出し、その履き心地を確かめていた。
ライトグリーンの下地に紫のラインが入った某人気ブランドの靴。「女の子みたいだね」と皆は言うけれど、僕はこの色の組み合わせをとても気に入っている。――残念ながら最近は雨続きで中々履く機会に恵まれなかったけど
『やっと外に履いていける。早くこれで走り出してしまいたい。』
はやる気持ちを抑え、足が靴に馴染むよう足をパタパタさせていると、奥の部屋から玄関に向かってくる足音があるのに気がついた。そそくさと立ち上がり、玄関口にて足音の主を待つ。まぁ足音の主とは概ね誰か予想がつくと思うが、今日は巽兄と夕飯の買い出しに行くことになっているのだ。
ようやく玄関に姿を見せた巽兄は、そんな「待ちきれない」と言わんばかりの僕を一瞥し、
「ちょっと待ってくださいね」
ゆったりとした動作で靴を履き始めた。どうもこのところ急な気圧の変化で調子が出ないらしい。昔はそんなことなかったらしいのだが
なんて、そんなことはお構いなしに僕は巽兄が靴を履き、立ち上がるのを確認するなり勢いよくスーパーに向かって走り出した。18時だというのにまだ空は明るい。生ぬるい湿った空気が纏わりつくこの感覚が気持ち悪いようで癖になる。
家からスーパーまでは徒歩5分。大人が走れば3分もかからないだろう。そんな道のりを走っては立ち止まり、振り返ってはまた走り出し、そんなことを繰り返しながら進んだ。
スーパーに着いて最初に目についたのは、入口を囲むようにしてずらりと並べられた野菜の苗。背丈が伸びたトマトや那須、胡瓜などの苗が小さなポットから大きくはみ出し、自らの重さで前傾している。まるでいつ訪れるのかも分からない買い手のことを待ちぼうけているようだ。
しゃがんでそれらを観察していると、やっと追いついたというように巽兄が僕に声をかけてきた。
「野菜の苗ですか。随分と成長してしまっているようですが」
僕はしゃがんだまま巽兄をじっと見つめ、買うまでここから動かないぞという意志を控えめに示してみた。特に何かを育ててみたいという訳ではなかったが、見ているうちになんだか可哀想になってきてしまったのだ。
そんな僕を見て困った顔をする巽兄。少し考える素振りをして
「……ふむ、そうですな。最近は葉野菜も収穫の頃合いを迎え、畑に空きができていますし……丁度良いのかもしれませんな」
ニコリと笑う。
「ですが、まずはこのメモにある買い物を済ませてしまいましょう。苗選びはその後です。さぁ立って。行きますよ」
巽兄に促されるまま僕は立ち上がり、その場をあとにした。
スーパーにて、僕は巽兄から頼まれた食材を大方調達し終えた後、知り合いと挨拶を交わす巽兄を尻目に、一目散にお菓子売り場へと向かった。
お気に入りのお菓子を一つ選び、巽兄の元へと持って行く。巽兄は一瞬「やられた」という表情をしたあと
「500円以内であればいいでしょう。ただし、他の子ども達と分け合うこと」
僕は大きく頷いた。巽兄から500円玉を受け取り、再びお菓子売り場へと向かう。子供用のカラフルなカゴを手に取って1列1列じっくりと、お菓子と値段を天秤にかけ精査する。施設に子どもは僕を含めて5人。一人100円とすると…。
カゴいっぱいのお菓子を抱え巽兄を探していると、彼も僕を探していたらしく
「次からは俺が行くまでその場で待っていてください。できますか?」
軽いお叱りを受けた。
この時間帯のレジは混み合っていて、僕達はできるだけ空いてるレーンを探し並んだ。巽兄が隣のレーンに並ぶ人から声をかけられる。相変わらず顔の広い人だ。僕は大人しく、レジ横の商品を見るなりして時間を潰すことにする。
レジ打ちが終わり、自動精算機に巽兄がお金を入れる。それと同時に、僕は商品の入ったカゴを台に運ぶ。家から持ってきたエコバックを広げて手早く詰める。重くて大きいものから順番に、軽くて潰れやすいものは上に。お菓子はポリ袋に小分けにして…。
僕は割とここに生きがいを感じている。買い物についてきたからには役に立ちたい。
今日は買うものが少なかったからか、巽兄が精算し終えるより先に詰め終えられた。僕は巽兄を見やりドヤる。気づいて微笑む巽兄。『見事です。前回よりも詰めるのが早くなったのでは?』こんな声が聞こえてくるようだ。
僕たちは小さな緑の実まで付けている萎びたトマトの苗と他に2,3本見繕ってスーパーをあとにした。
巽兄に買い物袋を持ってもらい、苗の方を2人で、袋の取手を片方ずつ持ち帰路につく。
道中、巽兄がふと寂しそうに
「ふふ、君はいつまで俺とこうして買い物に行ってくれるのでしょうか」
と言うので、僕は
「いっしょうだよ。一生一緒にいるんだから当たり前じゃん!」
と言い放ってやった。すると巽兄は屈託のない表情を浮かべて
「約束ですよ♪指切りしましょう」
『ゆびきりげんまん』を歌い始めた。夕焼け空の下、僕達の歌声が響く。
歌い終わって顔を見合わせ、ひとしきり笑ったあと、僕はなんだか照れくさくなって足元を見た。靴が目に入る。そしてやはり思うのだ。みんながどう言おうと、僕は巽兄とお揃いの色をしているこの靴を選んで良かったと。この色が、―――彼が大好きだと。
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