押しかけ天使 2025/04/10 Thu 押しかけ天使 その夜のこと。俺が自室でぐっすり眠っていると外から"ビターーーン"と何かが強く地面に打ち付けられた音がした。急いで窓辺を覗きに行くと、そこには天使が――。 「おや、あなたが次の主ですかな? 何でも申し上げてください。俺が全て叶えてみせましょう♪」 それが俺たちの出会いだった。天使はなんだかよく分からないことを言っては、こちらにニッコリ微笑みかけてきた……。 家の家事を片っ端からやってしまう天使。 「俺〜!最近どうしたの?全部やってくれてるじゃな〜い!お母さん助かるわ〜♡ついでにこれもお願いね」 『はい、もちろんですな♪』 「俺〜?お父さんの靴下どこにしまった?」 『それなら、縁側のタンスに…』 「俺〜?」 『俺さん、呼ばれていますよ』 ッッ〜〜〜💢!!!💢!💢!! 「おい!勝手に何でもするのやめてくれよ!親に説明つかなくなってるんだよ!」 「ですが俺は居候の身です。何もやらないというわけには……」 「お人好しかよ!俺のためだって思うなら少しでも早く成仏してくれ!」 「すみません、俺も考えてみてはいるんですがなかなか……」 そう言って申し訳なさそうに笑う天使。 あーあーあーそんな顔をするんじゃないよ。 「しょうがない、俺も一緒に考えてやるか」 目を丸くして首をすくめる天使。 「俺さんがですか……?」 「このままだと埒が明かないしな」 格好つけて慣れないウインクをすると両目を瞑ってしまい、天使が笑った。 「ここが俺さんの通っている学校ですか」 早朝。誰もいない時間帯に俺は天使を連れて校門の前に立っていた。 「そう、茂夫ヶ崎中《モブガサキ》。天使は多分向こうの私立中出身だよな?そこの制服着てるし」 顎を使って裏山を指す。ここからは見えないが新設校舎があるはず。 「そうなんでしょうか。俺はどうも生前の記憶が薄くて、すみません」 天使はほんとに謝ってばかりだ。こういう所も成仏のヒントになると考えればまぁ。取り敢えず様子見だな。 俺達は校舎の中へ入っていった。 始まりのチャイムが鳴り担任がHRを進行。取り留めのない連絡事項を述べてから即職員室へと引き返して行った。 途端に立ち上がる男子生徒数名。ガヤガヤと或る1人の生徒の周りに集まり、手に持ったジュース缶を机に並べる。教室内の他の生徒は静かに読書なり勉強なりをしている。 「今日はこれ、炭酸早飲みチャレンジ!今からA君にはゲップをしないで1分でこれ全部飲んでもらいまーす」 「やったなA、炭酸好きだもんなー」 「好きなら楽勝じゃん♪ここんとこ失敗続きなんだから今日は良いとこ見せてくれよ?」 わはは!と賑やかな声。俺は黙って机から読みかけの小説を取り出した。すると彼らの様子を見ていたらしい天使が話しかけてきた。 『俺さん、止めないんですか?』 『なにを……。ってあれか、あれは放って置くのが正解。そういうゲームやってんの。仲間で』 『そうなんですか?しかし俺には彼が困っているように見えるんですが』 げ〜〜〜〜〜〜。大きくて長いゲップの音が教室中に響き渡る。どっと沸く数名の歓声。シュワシュワいってる溢れた炭酸。 隣で天使の息を飲む気配が伝わってきた。そういえば最初は皆こうだったと思い出す。 『俺、行ってきます』 そう言って一歩目を踏み出す天使の腕を俺は慌てて掴む。が、何故かすり抜けてしまった。 『おい!やめとけって!おいって!』 振り向きもしない。困るのは俺だってのに! 諦めて読書にもどった。何かあっても絶対関わらないでほしい。しかし、5分10分と経っても何も起こる気配はなかった。囲んでいた生徒達が自分の席についても天使は帰ってこない。流石におかしい。俺がそっとAの机に視線を寄越すと、そこにはすり抜けながらも懸命に空き缶を回収しようとする天使がいた。 『なにやってんだよ…』 推測するに天使の力が及ぶのは俺の家までで、外に出ると途端に干渉力を失うようだ。なのに天使は頭を垂れているAの横に立って一心に空き缶の回収に努めている。無駄なことを。 『おーい戻ってこーい』 小声で呼びかけてみる。隣の生徒が不審な目で見てきたが構ってられない。 『無駄だってー』 もう一度呼びかけてみる。天使が顔を上げ奇跡みたいな笑顔で俺を見る。 て つ だ っ て クソッタレが!俺は天使のSOSを無視して再び小説の世界に引きこもった。 「明日から天使連れてくのやめるわ」 夜8時、俺の部屋。天井に吊り下がる蛍光灯のうざったい光。天使と向き合って腕を組み足を組み怒った風を装ってキッパリ言い切る。 「はて。今日のことでしたら俺は特に何もできなかったと、俺さんも見ていたはずですな。どうやら外の世界での俺はまるっきし無力なようです」 折り畳まれた純白の翼が縮こまる。 「いや、できるとかできないとかの話じゃなくて」 丸い紫の眼が上目遣いに俺を見てくる。謎に責められているような圧がある。 「っ、見せられてる側の気持ちにもなれって話」 「はて。何か俺さんの気に障るようなことでもしてしまいましたかな?俺は俺さんにも干渉できなかったはずですが」 「おい!棘のある言い方やめろ!」 「はて?」 「その「はて」ってのもやめろ!」 「はあ。注文の多いかたですな」 天使はパタパタと羽を小さく動かし呆れた様子を見せた。人間でいうところの貧乏揺すりみたいなもんか。 「とにかく。余計なことはするな見せるな。それが直接的な影響を及ぼすかどうかは一旦置いといて、俺に間接的に影響を及ぼしそうなことは全部!分かったな」 天使は不満さをまともに隠そうともしなかったが、取り敢えず「分かりました」とだけ答えてくれた。 翌日。茂夫ヶ崎中、体育の授業風景。 体育教師「気をつけ。3年5組Tを基準。前へならえ。なおれ。やすめ。……ん?Aはどこだ?」 生徒「A君ならトイレ行きましたー。お腹壊してるから暫く出てこれないと思いまーす」 クスクス笑う声が聞こえる。苦笑いで顔を見合わせる生徒も数名。最近じゃクラス全体に慣れがきて奴等の悪ふざけはエンターテイメント化してる。 対し、怖い顔でその有様を眺める隣の天使。初いなと思いつつ天使に共感することで少しばかり俺も救われた気になる。 『俺、探してきます』 『おい、約束は』 『探しに行くだけです』 言い残して天使は飛んで行ってしまう。全然分かってねーじゃねーか。 数分後。天使は思わぬところから顔を出してきた。壇上の舞台袖だ。ちょっと来てみてくださいとばかりに真顔でジェスチャーする天使に辟易しつつ、ペアの相手に断って壇上に上がる。 「なんだってんだ」 「すみません。彼を見つけてしまったもので」 あそこ。と天使が指さしたのは体育館の放送室だった。 「あそこ?あそこに閉じ込められてるってこと?」 「はい。そのようです」 引く気が微塵も感じられない。 「わかったよ」 俺は観念して舞台袖の階段を登り、階上にある放送室のドアノブに手をかけた。扉はあっさり開き、機材の下でAが蹲っていた。これ以上はどうしろっていうんだよ。 「あー、A君…?授業始まってるけど……」 Aは動かない。やっぱ余計なお世話なんじゃねぇの? 天使を見ると口を真一文に結んでふるふると首を振ってきた。行けってことか…。俺は刺激しないようにゆっくりと機材に近づき、Aの前で腰を下ろした。 「あー、A君……?」 Aは眠たげに目を薄く開くと 「あぁ、俺くん?はは、なんで?」 柔らかい笑顔を向けてきた。こりゃ重症だ。 俺「せんせー、A君いたんですけど体調悪そうなんで保健室連れてきます」 体育教師「おーそうかー頼んだぞー」 隣の天使『先生はAさんがトイレに篭ってると認識していたはずでは?何処かに隠れていたような言い方に疑問は抱かないんでしょうか?』 俺「気づいてんだよ」 天使は悲しい顔をした。 リビングにて、母さんが重そうな洗濯籠を乱暴に下ろし、恨めしそうな顔で俺を見てきた。 「前はあんなにやってくれてたのにねぇ……」 「しるか!キャンペーンだよ!ちっとはいい気になれたっしょ」 パシンと頭をはたかれる。 「この親不孝者」 「ってぇ〜……不孝者はどっちだっ」 親子のいがみ合いを天使はぼ〜っと眺めている。母さんがリビングを出ていったタイミングで俺は声をかけた。 「おい!天使のせいだぞ」 と先ほど叩かれた場所を前に突き出し指を指す。 「はあ、すみません……?」 「ったく。何も分かりやしないんだから」 後ろに手をつき天井を仰ぎ見る。これの発展版がAの件。いずれ俺も虐められるかも〜なんて女々しくて言えたもんじゃないが。 「俺さん」 「あ?」 「俺はまた間違ったことをしてしまっているんでしょうか?」 珍しく気弱になっている。ちょっとイジりすぎたか。 「あー、またってのはよく分かんないけど……天使のやってること俺は悪いと思ってないよ。むしろ世間的には良いことだし……気にすんな。な?」 伺うように天使の顔を覗き込み、優しい言葉をかけてやる。天使は 「俺さん、少し気味が悪いです」 冗談っぽく笑ってみせた。 「え、僕飛ぶの?」 寝坊して、いつもより遅めに教室に着くと初っ端耳を疑うような言葉が飛び込んできた。 「そうそう♪A君軽くて雰囲気もふわふわしてるから絶対行けると思う!」 「いや、さすがに無理だと思うけど……(笑)」 「だいじょぶだいじょぶ、下に俺等スタンバってるからさー。何かあっても、ね?」 「なんかって………(笑)」 マジで言ってんのか?これマジだったら先生呼ばないと洒落にならないだろ。 しかし、教室を見渡せど本気にしてそうな奴は1人もいない。そうだよな。本気なわけない。俺も天使に当てられちまってたってことか。 俺が今日寝坊したには訳がある。目覚まし役の天使が仕事を放棄して消えてしまった。かけた覚えのないスマホのアラームが鳴っていて俺は2度目のスヌーズで起きたみたいだった。 「俺等のこと信じられないってわけ〜?」 「えー?それが信じられないー」 だははと例に倣って下品な笑い声がクラス全体を包む。Aも笑ってる。そう、これは彼等の遊び。俺には分からない身内ノリ。関係ない。 「おーい(笑)いけよ!いけいけ(笑)いけってマジで。ダルっ。いけよ」 急に声のトーンが落ちて沈黙が降りる。圧に耐えかねたのかAは力なく椅子から立ち上がり窓辺に向かって歩き出した。ガタッガタッっとAが動線にある机や椅子に悉くぶつかって音が鳴る。それはAからのSOSサインのように思われた。 助けるか?いや、でもワンチャン助かるかもしれないし?逆にここで怪我すれば収まるんじゃ?死ぬわけじゃないだろ。 理屈をこねて俺は自分の座席に腰掛けた。読みかけの小説を机から出す。その瞬間、視界の端に何かが霞んだ。コンマ数秒後、ビターーーーーーンと重さのあるものが地面に叩きつけられた音がした。皆が一斉に窓際を見る。Aが驚いたように地面を覗き込んでいる。 Aじゃない?じゃあ何の音? 階下からどよめきが上がる。「あれ何?」「人間?」「グロいってぇ!!」 クラスが戦慄する。窓辺に現れたのは、頭から血を垂れ流し、翼を真っ赤に染めた笑顔の天使だった。 「おや、皆さんどうされたんでしょう?化け物でも見てしまったかのような顔をして」 血塗れの天使は窓枠に手を掛け器用に教室の中に侵入してきた。全員が一勢に距離を取る。 「なんなんでしょうね、ほんとに。ああ俺さん、よかった。起きられたんですね」 赤黒い手を挙げ俺の机へ向かってくる。 「てんし…おまっそれ……」 「……ああ、これですか。なるほど道理で。これはある種の実験的産物です。痛くないので心配なさらないでください」 眉を寄せプラプラと手を降ってみせる。中身は変わってないらしい。 「実験?失敗だろそれ」 「成功か失敗かの判断はつきませんが、いちおうは成功寄りの結果だと」 言ってから天使は一等、寂しい顔をして。 「思い出せましたよ」 天使の記憶 天使の通っていた私立中は完全寮制。周りを山に囲まれており、娯楽もない、勉強のための監獄。そこではイジメが横行していた。天使の生前の名は風早巽。他人からは真面目で温厚、優秀と評価されていたらしい。正義感の人一倍強かった巽はイジメのある現状を変えようとした。被害者集団の筆頭となって真っ向から加害者団体に説得を試みるなど、一見有効そうには見えないが被害者側につく見方が増え、数の力でイジメは影を潜めていった。 しかし、それから暫く。だんだん被害者側におかしな動きが見られるようになった。パワーバランス的に有利な元被害者が元加害者に『主ゲーム』なるものを課し始めたのだ。ルールは簡単。寮から主と従者が一人ずつ選ばれ、従者は主の提示する命令に背いてはならない。 ゲームがヒートアップ。バタバタと消えていく従者達。どこから間違えてしまったのか。巽は再び立ち上がり元被害者たちに説得を試みる。こんなことをしても実にならない。全ては終わったことではないかと。元被害者は言った『娯楽だよ』と。 クラスの大半に煙たがられてしまった巽は次の従者に選ばれてしまう。『制度に従えばゲームを肯定したことになってしまう』と考えた巽は主の命令を頑なに拒否するが、代わりに他の生徒が餌食となる。巽は主の指令を一身に受ける事を決意する。いつか終わりが来ると信じて。 いろんな命令に従っていくうちに分別がつかなくなった巽。 『今日の深夜、屋上から飛んでこい』 その晩、主から出された命令に巽は律儀に従い死んでしまった。 「あなたと出会ったのは、おそらく死んで間もない。記憶に縛られて飛び降り行為を繰り返していた時期ですな。あの日、打ちどころが悪く忘れてしまっていましたが」 ふふ。と羽が舞うような軽さで笑う天使。 「俺君……それ、なに?」 Aに飛び降りを強要した男子生徒が恐怖に表情を歪ませながら問いを投げてきた。 何から話せばいいのか狼狽える俺に、天使は血濡れた右の掌を向け『任せろ』の構えを取った。 天使はゆっくり男子生徒の方へ歩を進めていく。後退る生徒。天使は柔らかに腰を下ろし 「あなたが次の主ですかな? 何でも申し上げてください。俺が全て叶えてみせましょう♪」 俺との初対面と同様、わけの分からないことを朗らかな調子で言う。 「ヒッ…なんだコイツ!おい!誰か俺の前からこのバケモン追っ払ってくれよ!」 「はい♪分かりました。それが主の望む所であるなら♪」 天使が指を組み祈りのポーズを取る。すると俺達の前から男子生徒が消えた。 「えっ!?」 Aが聞いたこともないような大きな声を上げる。天使と目が合い「ヒィッ!!!」と蒼ざめる。天使の歩が次はAに向いた。 「次の主はあなたです。 何なりと♪」 Aは硬直していたが、何かを決意したように唇を湿らせて。 「みんな消えて」 押しかけ天使編(終) 〈〈前の話 次の話〉〉 ページTOP
その夜のこと。俺が自室でぐっすり眠っていると外から"ビターーーン"と何かが強く地面に打ち付けられた音がした。急いで窓辺を覗きに行くと、そこには天使が――。
「おや、あなたが次の主ですかな? 何でも申し上げてください。俺が全て叶えてみせましょう♪」
それが俺たちの出会いだった。天使はなんだかよく分からないことを言っては、こちらにニッコリ微笑みかけてきた……。
家の家事を片っ端からやってしまう天使。
「俺〜!最近どうしたの?全部やってくれてるじゃな〜い!お母さん助かるわ〜♡ついでにこれもお願いね」
『はい、もちろんですな♪』
「俺〜?お父さんの靴下どこにしまった?」
『それなら、縁側のタンスに…』
「俺〜?」
『俺さん、呼ばれていますよ』
ッッ〜〜〜💢!!!💢!💢!!
「おい!勝手に何でもするのやめてくれよ!親に説明つかなくなってるんだよ!」
「ですが俺は居候の身です。何もやらないというわけには……」
「お人好しかよ!俺のためだって思うなら少しでも早く成仏してくれ!」
「すみません、俺も考えてみてはいるんですがなかなか……」
そう言って申し訳なさそうに笑う天使。
あーあーあーそんな顔をするんじゃないよ。
「しょうがない、俺も一緒に考えてやるか」
目を丸くして首をすくめる天使。
「俺さんがですか……?」
「このままだと埒が明かないしな」
格好つけて慣れないウインクをすると両目を瞑ってしまい、天使が笑った。
「ここが俺さんの通っている学校ですか」
早朝。誰もいない時間帯に俺は天使を連れて校門の前に立っていた。
「そう、茂夫ヶ崎中《モブガサキ》。天使は多分向こうの私立中出身だよな?そこの制服着てるし」
顎を使って裏山を指す。ここからは見えないが新設校舎があるはず。
「そうなんでしょうか。俺はどうも生前の記憶が薄くて、すみません」
天使はほんとに謝ってばかりだ。こういう所も成仏のヒントになると考えればまぁ。取り敢えず様子見だな。
俺達は校舎の中へ入っていった。
始まりのチャイムが鳴り担任がHRを進行。取り留めのない連絡事項を述べてから即職員室へと引き返して行った。
途端に立ち上がる男子生徒数名。ガヤガヤと或る1人の生徒の周りに集まり、手に持ったジュース缶を机に並べる。教室内の他の生徒は静かに読書なり勉強なりをしている。
「今日はこれ、炭酸早飲みチャレンジ!今からA君にはゲップをしないで1分でこれ全部飲んでもらいまーす」
「やったなA、炭酸好きだもんなー」
「好きなら楽勝じゃん♪ここんとこ失敗続きなんだから今日は良いとこ見せてくれよ?」
わはは!と賑やかな声。俺は黙って机から読みかけの小説を取り出した。すると彼らの様子を見ていたらしい天使が話しかけてきた。
『俺さん、止めないんですか?』
『なにを……。ってあれか、あれは放って置くのが正解。そういうゲームやってんの。仲間で』
『そうなんですか?しかし俺には彼が困っているように見えるんですが』
げ〜〜〜〜〜〜。大きくて長いゲップの音が教室中に響き渡る。どっと沸く数名の歓声。シュワシュワいってる溢れた炭酸。
隣で天使の息を飲む気配が伝わってきた。そういえば最初は皆こうだったと思い出す。
『俺、行ってきます』
そう言って一歩目を踏み出す天使の腕を俺は慌てて掴む。が、何故かすり抜けてしまった。
『おい!やめとけって!おいって!』
振り向きもしない。困るのは俺だってのに!
諦めて読書にもどった。何かあっても絶対関わらないでほしい。しかし、5分10分と経っても何も起こる気配はなかった。囲んでいた生徒達が自分の席についても天使は帰ってこない。流石におかしい。俺がそっとAの机に視線を寄越すと、そこにはすり抜けながらも懸命に空き缶を回収しようとする天使がいた。
『なにやってんだよ…』
推測するに天使の力が及ぶのは俺の家までで、外に出ると途端に干渉力を失うようだ。なのに天使は頭を垂れているAの横に立って一心に空き缶の回収に努めている。無駄なことを。
『おーい戻ってこーい』
小声で呼びかけてみる。隣の生徒が不審な目で見てきたが構ってられない。
『無駄だってー』
もう一度呼びかけてみる。天使が顔を上げ奇跡みたいな笑顔で俺を見る。
て つ だ っ て
クソッタレが!俺は天使のSOSを無視して再び小説の世界に引きこもった。
「明日から天使連れてくのやめるわ」
夜8時、俺の部屋。天井に吊り下がる蛍光灯のうざったい光。天使と向き合って腕を組み足を組み怒った風を装ってキッパリ言い切る。
「はて。今日のことでしたら俺は特に何もできなかったと、俺さんも見ていたはずですな。どうやら外の世界での俺はまるっきし無力なようです」
折り畳まれた純白の翼が縮こまる。
「いや、できるとかできないとかの話じゃなくて」
丸い紫の眼が上目遣いに俺を見てくる。謎に責められているような圧がある。
「っ、見せられてる側の気持ちにもなれって話」
「はて。何か俺さんの気に障るようなことでもしてしまいましたかな?俺は俺さんにも干渉できなかったはずですが」
「おい!棘のある言い方やめろ!」
「はて?」
「その「はて」ってのもやめろ!」
「はあ。注文の多いかたですな」
天使はパタパタと羽を小さく動かし呆れた様子を見せた。人間でいうところの貧乏揺すりみたいなもんか。
「とにかく。余計なことはするな見せるな。それが直接的な影響を及ぼすかどうかは一旦置いといて、俺に間接的に影響を及ぼしそうなことは全部!分かったな」
天使は不満さをまともに隠そうともしなかったが、取り敢えず「分かりました」とだけ答えてくれた。
翌日。茂夫ヶ崎中、体育の授業風景。
体育教師「気をつけ。3年5組Tを基準。前へならえ。なおれ。やすめ。……ん?Aはどこだ?」
生徒「A君ならトイレ行きましたー。お腹壊してるから暫く出てこれないと思いまーす」
クスクス笑う声が聞こえる。苦笑いで顔を見合わせる生徒も数名。最近じゃクラス全体に慣れがきて奴等の悪ふざけはエンターテイメント化してる。
対し、怖い顔でその有様を眺める隣の天使。初いなと思いつつ天使に共感することで少しばかり俺も救われた気になる。
『俺、探してきます』
『おい、約束は』
『探しに行くだけです』
言い残して天使は飛んで行ってしまう。全然分かってねーじゃねーか。
数分後。天使は思わぬところから顔を出してきた。壇上の舞台袖だ。ちょっと来てみてくださいとばかりに真顔でジェスチャーする天使に辟易しつつ、ペアの相手に断って壇上に上がる。
「なんだってんだ」
「すみません。彼を見つけてしまったもので」
あそこ。と天使が指さしたのは体育館の放送室だった。
「あそこ?あそこに閉じ込められてるってこと?」
「はい。そのようです」
引く気が微塵も感じられない。
「わかったよ」
俺は観念して舞台袖の階段を登り、階上にある放送室のドアノブに手をかけた。扉はあっさり開き、機材の下でAが蹲っていた。これ以上はどうしろっていうんだよ。
「あー、A君…?授業始まってるけど……」
Aは動かない。やっぱ余計なお世話なんじゃねぇの?
天使を見ると口を真一文に結んでふるふると首を振ってきた。行けってことか…。俺は刺激しないようにゆっくりと機材に近づき、Aの前で腰を下ろした。
「あー、A君……?」
Aは眠たげに目を薄く開くと
「あぁ、俺くん?はは、なんで?」
柔らかい笑顔を向けてきた。こりゃ重症だ。
俺「せんせー、A君いたんですけど体調悪そうなんで保健室連れてきます」
体育教師「おーそうかー頼んだぞー」
隣の天使『先生はAさんがトイレに篭ってると認識していたはずでは?何処かに隠れていたような言い方に疑問は抱かないんでしょうか?』
俺「気づいてんだよ」
天使は悲しい顔をした。
リビングにて、母さんが重そうな洗濯籠を乱暴に下ろし、恨めしそうな顔で俺を見てきた。
「前はあんなにやってくれてたのにねぇ……」
「しるか!キャンペーンだよ!ちっとはいい気になれたっしょ」
パシンと頭をはたかれる。
「この親不孝者」
「ってぇ〜……不孝者はどっちだっ」
親子のいがみ合いを天使はぼ〜っと眺めている。母さんがリビングを出ていったタイミングで俺は声をかけた。
「おい!天使のせいだぞ」
と先ほど叩かれた場所を前に突き出し指を指す。
「はあ、すみません……?」
「ったく。何も分かりやしないんだから」
後ろに手をつき天井を仰ぎ見る。これの発展版がAの件。いずれ俺も虐められるかも〜なんて女々しくて言えたもんじゃないが。
「俺さん」
「あ?」
「俺はまた間違ったことをしてしまっているんでしょうか?」
珍しく気弱になっている。ちょっとイジりすぎたか。
「あー、またってのはよく分かんないけど……天使のやってること俺は悪いと思ってないよ。むしろ世間的には良いことだし……気にすんな。な?」
伺うように天使の顔を覗き込み、優しい言葉をかけてやる。天使は
「俺さん、少し気味が悪いです」
冗談っぽく笑ってみせた。
「え、僕飛ぶの?」
寝坊して、いつもより遅めに教室に着くと初っ端耳を疑うような言葉が飛び込んできた。
「そうそう♪A君軽くて雰囲気もふわふわしてるから絶対行けると思う!」
「いや、さすがに無理だと思うけど……(笑)」
「だいじょぶだいじょぶ、下に俺等スタンバってるからさー。何かあっても、ね?」
「なんかって………(笑)」
マジで言ってんのか?これマジだったら先生呼ばないと洒落にならないだろ。
しかし、教室を見渡せど本気にしてそうな奴は1人もいない。そうだよな。本気なわけない。俺も天使に当てられちまってたってことか。
俺が今日寝坊したには訳がある。目覚まし役の天使が仕事を放棄して消えてしまった。かけた覚えのないスマホのアラームが鳴っていて俺は2度目のスヌーズで起きたみたいだった。
「俺等のこと信じられないってわけ〜?」
「えー?それが信じられないー」
だははと例に倣って下品な笑い声がクラス全体を包む。Aも笑ってる。そう、これは彼等の遊び。俺には分からない身内ノリ。関係ない。
「おーい(笑)いけよ!いけいけ(笑)いけってマジで。ダルっ。いけよ」
急に声のトーンが落ちて沈黙が降りる。圧に耐えかねたのかAは力なく椅子から立ち上がり窓辺に向かって歩き出した。ガタッガタッっとAが動線にある机や椅子に悉くぶつかって音が鳴る。それはAからのSOSサインのように思われた。
助けるか?いや、でもワンチャン助かるかもしれないし?逆にここで怪我すれば収まるんじゃ?死ぬわけじゃないだろ。
理屈をこねて俺は自分の座席に腰掛けた。読みかけの小説を机から出す。その瞬間、視界の端に何かが霞んだ。コンマ数秒後、ビターーーーーーンと重さのあるものが地面に叩きつけられた音がした。皆が一斉に窓際を見る。Aが驚いたように地面を覗き込んでいる。
Aじゃない?じゃあ何の音?
階下からどよめきが上がる。「あれ何?」「人間?」「グロいってぇ!!」
クラスが戦慄する。窓辺に現れたのは、頭から血を垂れ流し、翼を真っ赤に染めた笑顔の天使だった。
「おや、皆さんどうされたんでしょう?化け物でも見てしまったかのような顔をして」
血塗れの天使は窓枠に手を掛け器用に教室の中に侵入してきた。全員が一勢に距離を取る。
「なんなんでしょうね、ほんとに。ああ俺さん、よかった。起きられたんですね」
赤黒い手を挙げ俺の机へ向かってくる。
「てんし…おまっそれ……」
「……ああ、これですか。なるほど道理で。これはある種の実験的産物です。痛くないので心配なさらないでください」
眉を寄せプラプラと手を降ってみせる。中身は変わってないらしい。
「実験?失敗だろそれ」
「成功か失敗かの判断はつきませんが、いちおうは成功寄りの結果だと」
言ってから天使は一等、寂しい顔をして。
「思い出せましたよ」
天使の記憶
天使の通っていた私立中は完全寮制。周りを山に囲まれており、娯楽もない、勉強のための監獄。そこではイジメが横行していた。天使の生前の名は風早巽。他人からは真面目で温厚、優秀と評価されていたらしい。正義感の人一倍強かった巽はイジメのある現状を変えようとした。被害者集団の筆頭となって真っ向から加害者団体に説得を試みるなど、一見有効そうには見えないが被害者側につく見方が増え、数の力でイジメは影を潜めていった。
しかし、それから暫く。だんだん被害者側におかしな動きが見られるようになった。パワーバランス的に有利な元被害者が元加害者に『主ゲーム』なるものを課し始めたのだ。ルールは簡単。寮から主と従者が一人ずつ選ばれ、従者は主の提示する命令に背いてはならない。
ゲームがヒートアップ。バタバタと消えていく従者達。どこから間違えてしまったのか。巽は再び立ち上がり元被害者たちに説得を試みる。こんなことをしても実にならない。全ては終わったことではないかと。元被害者は言った『娯楽だよ』と。
クラスの大半に煙たがられてしまった巽は次の従者に選ばれてしまう。『制度に従えばゲームを肯定したことになってしまう』と考えた巽は主の命令を頑なに拒否するが、代わりに他の生徒が餌食となる。巽は主の指令を一身に受ける事を決意する。いつか終わりが来ると信じて。
いろんな命令に従っていくうちに分別がつかなくなった巽。
『今日の深夜、屋上から飛んでこい』
その晩、主から出された命令に巽は律儀に従い死んでしまった。
「あなたと出会ったのは、おそらく死んで間もない。記憶に縛られて飛び降り行為を繰り返していた時期ですな。あの日、打ちどころが悪く忘れてしまっていましたが」
ふふ。と羽が舞うような軽さで笑う天使。
「俺君……それ、なに?」
Aに飛び降りを強要した男子生徒が恐怖に表情を歪ませながら問いを投げてきた。
何から話せばいいのか狼狽える俺に、天使は血濡れた右の掌を向け『任せろ』の構えを取った。
天使はゆっくり男子生徒の方へ歩を進めていく。後退る生徒。天使は柔らかに腰を下ろし
「あなたが次の主ですかな? 何でも申し上げてください。俺が全て叶えてみせましょう♪」
俺との初対面と同様、わけの分からないことを朗らかな調子で言う。
「ヒッ…なんだコイツ!おい!誰か俺の前からこのバケモン追っ払ってくれよ!」
「はい♪分かりました。それが主の望む所であるなら♪」
天使が指を組み祈りのポーズを取る。すると俺達の前から男子生徒が消えた。
「えっ!?」
Aが聞いたこともないような大きな声を上げる。天使と目が合い「ヒィッ!!!」と蒼ざめる。天使の歩が次はAに向いた。
「次の主はあなたです。 何なりと♪」
Aは硬直していたが、何かを決意したように唇を湿らせて。
「みんな消えて」
押しかけ天使編(終)
〈〈前の話 次の話〉〉
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