誘わなきゃよかったのな。 2025/10/31 Fri 誘わなきゃよかったのな。 室温は28度。エアコンは年中つけっぱなし。電気代がやたら高いのを、大家に不審がられている。 柵の前に立つと巽先輩が寄ってきた。しゃがんで錠前に手をかける。奥の方に排泄物で汚れたシートを確認したので一度離れて新たなシートを取ってくる。 黄土色の下痢。ここずっと固形の便を見ていない。足元に座ってる巽先輩は項垂れていて排泄物を無心で見つめているようにもとれる。頭を撫でてシートを変えてやった。するとさっそく新品のシートの上で力み始めた。ぶっ、ぶっ、と小さな破裂音がして黄土色の液体が流れ出ている。どうやら見つめているように見えたのはトイレを我慢していたからのようだ。一拍遅れて小の方もちょろちょろ太ももを伝い始めた。こっちのは濃度の濃そうなビタミン色で、脱水症状が出てしまっているのかもしれない。 終わったようなので再度シートを変えた。下痢がひどいならトイレを別に何個か用意してあげた方がいいのかもしれない。それか溢れてもいいように枠の深いやつを買うか、オムツ。いやでも自分で始末させるわけにもいかないし……。巽先輩の汚れたお尻を拭きながら今後の課題について頭を悩ませる。 巽先輩の部屋にはキューブ型の冷蔵庫が置いてあり、中に軽食が入っている。朝多めにあげて、昼もできれば見に帰ってるけどあんま食べないし、時間もないから最近は経口補水液とゼリー状の栄養補給飲料を蓋を緩めて入れてある。ちょっとずつなくなってるから飲んでるんだろう。 巽先輩は食事が苦手で、固いものだと食べてくれない。顎の力が弱まってるのか。煮詰めた野菜をすり潰してお粥と一緒に出す。 スプーンで口端に運んでやると、もそもそ口を動かし始めた。ストローカップでお茶をあげながら。見守る。 巽先輩は食べ残しをしないのだけど、あとで吐き戻してしまうことがあるので、苦しそうな顔をする時は切り上げて俺がもらう。この日も全部食べてくれたが、翌朝起きると柵の中に吐瀉物が落ちてた。 食事が終われば次は風呂だ。巽先輩は最初から裸なので、洗ったら湯船に入れて、そしたら俺も脱いで洗って。湯舟は成人の男2人が入るには狭すぎる気もする。 巽先輩は肋が浮き出てしまって痩せている。濡れた前髪をかきあげると相変わらず顔がとても綺麗。額にキスをして抱きしめた。 スキンケアは抜かりなく。俺も、腐っても元アイドルだからスキンケア用品は詳しい。巽先輩の肌質にあったものを選んで保湿する。 リップクリームと、爪の先まで丹念にハンドクリームを塗り込んで。髪にはヘアーオイルとヘアーミルクを塗り丁寧に乾かす。合成香料の派手な香りが鼻腔をくすぐる。 学生時代、常に清潔で上品な甘い香りを纏っていた先輩。あれを再現するにはまだ試行錯誤が足りないみたいだ。 歯磨きをする。巽先輩の歯は嘔吐癖のせいでボロボロで、少し力を入れると歯ぐきから血が出てきてしまう。歯槽膿漏なのかもしれない。 市販薬を使ったり歯磨き粉も歯ブラシもいいやつを買って、歯医者に行って歯ぐきから血が出たと嘘を言って薬をもらってきたこともあるけど、治らない。 俺の膝に頭をのせて、されるがまま。口を開けて朱の混じった泡を漏らしている巽先輩の顔に涙が落ちた。 巽先輩はあの事件の後、AV監督に拾われてゲイビに出演していた。元トップアイドルがデビューとのことで話題になったが、当初世間の評価は芳しくなかった。しかし、流石の先輩はそこでも頭角を現し、着実に人気を得つつあるようだった。 俺の方はコズプロの推薦枠でそれなりの会社に就職し、このアパートから通っていた。 巽先輩には3年ぶりくらいに他の先輩との飲み会で偶然再会して、アパートが彼の通う病院の近くだったということから一緒に住む提案をした。 弱っていた先輩は割とすんなり承諾してくれて、AVの仕事もやめてもらい、こうして軟禁してる今も脱走しようとはしない。 柵の前に布団を敷いて寝る準備に入る。何かあった時のためと、単純にずっと視界に入れていたいという気持ちもある。 夜中トイレに起きたついでに巽先輩を撫でようと柵の中に入った。巽先輩は寝てるような寝てないような曖昧な感じで、俺は添い寝の体制になって抱きしめて髪を撫でた。 巽先輩の髪はサラサラで(パサパサで)、手触りが良くて(枝毛だらけで)、指どおりが良くて(簡単に抜けてしまって)。肌は陶器のようにすべすべで(砂地のようにカサカサで)、唇は弾力があり血色がよくて(割れていて血色が悪い)、瞳はいつも遠くを見ていて力強く燃えていて(虚ろで灯火は絶えてしまった)。 申し訳ない。 最初のころは性行為に及んだこともあったが、死んだようにあえぐ、嘘の演技をする巽先輩が可哀想でやめた。 12月27日。日付をまたぐちょっと前、コンビニに誕生日ケーキを買いに来ていた。冷蔵庫にホールのクリスマスケーキが半分以上残ってはいたが、それとこれとは全然別だ。 ケーキと簡易的なパーティーグッズを提げて横断歩道に出ると、中間地点あたり、赤信号を無視した白い軽自動車が減速することなく突っ込んできた。強く弾かれ、ボンネットに乗り上げた。車はそのままバックして俺を振り落とすと、方向転換をし走り去っていった。 痛くもないのに血が永遠に流れて動けない。 頭が冷えた俺は 「巽先輩はどうなるのかな」と考えた。 誘わなきゃよかったのな。(終) 〈〈前の話 ページTOP
室温は28度。エアコンは年中つけっぱなし。電気代がやたら高いのを、大家に不審がられている。
柵の前に立つと巽先輩が寄ってきた。しゃがんで錠前に手をかける。奥の方に排泄物で汚れたシートを確認したので一度離れて新たなシートを取ってくる。
黄土色の下痢。ここずっと固形の便を見ていない。足元に座ってる巽先輩は項垂れていて排泄物を無心で見つめているようにもとれる。頭を撫でてシートを変えてやった。するとさっそく新品のシートの上で力み始めた。ぶっ、ぶっ、と小さな破裂音がして黄土色の液体が流れ出ている。どうやら見つめているように見えたのはトイレを我慢していたからのようだ。一拍遅れて小の方もちょろちょろ太ももを伝い始めた。こっちのは濃度の濃そうなビタミン色で、脱水症状が出てしまっているのかもしれない。
終わったようなので再度シートを変えた。下痢がひどいならトイレを別に何個か用意してあげた方がいいのかもしれない。それか溢れてもいいように枠の深いやつを買うか、オムツ。いやでも自分で始末させるわけにもいかないし……。巽先輩の汚れたお尻を拭きながら今後の課題について頭を悩ませる。
巽先輩の部屋にはキューブ型の冷蔵庫が置いてあり、中に軽食が入っている。朝多めにあげて、昼もできれば見に帰ってるけどあんま食べないし、時間もないから最近は経口補水液とゼリー状の栄養補給飲料を蓋を緩めて入れてある。ちょっとずつなくなってるから飲んでるんだろう。
巽先輩は食事が苦手で、固いものだと食べてくれない。顎の力が弱まってるのか。煮詰めた野菜をすり潰してお粥と一緒に出す。
スプーンで口端に運んでやると、もそもそ口を動かし始めた。ストローカップでお茶をあげながら。見守る。
巽先輩は食べ残しをしないのだけど、あとで吐き戻してしまうことがあるので、苦しそうな顔をする時は切り上げて俺がもらう。この日も全部食べてくれたが、翌朝起きると柵の中に吐瀉物が落ちてた。
食事が終われば次は風呂だ。巽先輩は最初から裸なので、洗ったら湯船に入れて、そしたら俺も脱いで洗って。湯舟は成人の男2人が入るには狭すぎる気もする。
巽先輩は肋が浮き出てしまって痩せている。濡れた前髪をかきあげると相変わらず顔がとても綺麗。額にキスをして抱きしめた。
スキンケアは抜かりなく。俺も、腐っても元アイドルだからスキンケア用品は詳しい。巽先輩の肌質にあったものを選んで保湿する。
リップクリームと、爪の先まで丹念にハンドクリームを塗り込んで。髪にはヘアーオイルとヘアーミルクを塗り丁寧に乾かす。合成香料の派手な香りが鼻腔をくすぐる。
学生時代、常に清潔で上品な甘い香りを纏っていた先輩。あれを再現するにはまだ試行錯誤が足りないみたいだ。
歯磨きをする。巽先輩の歯は嘔吐癖のせいでボロボロで、少し力を入れると歯ぐきから血が出てきてしまう。歯槽膿漏なのかもしれない。
市販薬を使ったり歯磨き粉も歯ブラシもいいやつを買って、歯医者に行って歯ぐきから血が出たと嘘を言って薬をもらってきたこともあるけど、治らない。
俺の膝に頭をのせて、されるがまま。口を開けて朱の混じった泡を漏らしている巽先輩の顔に涙が落ちた。
巽先輩はあの事件の後、AV監督に拾われてゲイビに出演していた。元トップアイドルがデビューとのことで話題になったが、当初世間の評価は芳しくなかった。しかし、流石の先輩はそこでも頭角を現し、着実に人気を得つつあるようだった。
俺の方はコズプロの推薦枠でそれなりの会社に就職し、このアパートから通っていた。
巽先輩には3年ぶりくらいに他の先輩との飲み会で偶然再会して、アパートが彼の通う病院の近くだったということから一緒に住む提案をした。
弱っていた先輩は割とすんなり承諾してくれて、AVの仕事もやめてもらい、こうして軟禁してる今も脱走しようとはしない。
柵の前に布団を敷いて寝る準備に入る。何かあった時のためと、単純にずっと視界に入れていたいという気持ちもある。
夜中トイレに起きたついでに巽先輩を撫でようと柵の中に入った。巽先輩は寝てるような寝てないような曖昧な感じで、俺は添い寝の体制になって抱きしめて髪を撫でた。
巽先輩の髪はサラサラで(パサパサで)、手触りが良くて(枝毛だらけで)、指どおりが良くて(簡単に抜けてしまって)。肌は陶器のようにすべすべで(砂地のようにカサカサで)、唇は弾力があり血色がよくて(割れていて血色が悪い)、瞳はいつも遠くを見ていて力強く燃えていて(虚ろで灯火は絶えてしまった)。
申し訳ない。
最初のころは性行為に及んだこともあったが、死んだようにあえぐ、嘘の演技をする巽先輩が可哀想でやめた。
12月27日。日付をまたぐちょっと前、コンビニに誕生日ケーキを買いに来ていた。冷蔵庫にホールのクリスマスケーキが半分以上残ってはいたが、それとこれとは全然別だ。
ケーキと簡易的なパーティーグッズを提げて横断歩道に出ると、中間地点あたり、赤信号を無視した白い軽自動車が減速することなく突っ込んできた。強く弾かれ、ボンネットに乗り上げた。車はそのままバックして俺を振り落とすと、方向転換をし走り去っていった。
痛くもないのに血が永遠に流れて動けない。
頭が冷えた俺は
「巽先輩はどうなるのかな」と考えた。
誘わなきゃよかったのな。(終)
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