約束の結婚を君と
「結婚してよ!!!!!!!!」
「俺さん、あのですね」
「結婚してよおおおおおお!!!!!やだやだやだ! け っこ ん~―――!」
「話ができない人と俺は結婚できません」
「そんなーーーーー(泣) 話聞けるから! 結婚しようよ」
「はぁ、まったく」
巽が座布団の上で居住まいを正すのを俺は畳の上で丸くなりながら見ている。視界の端に先ほど暴れて蹴り上げた自分の座布団が映る。気まずくて目をそらした。
「まず前提として俺の宗教では同性婚が認められていません。これは教義上、仕方のないことで俺にはどうすることもできません。それはわかりますね?」
いつもより若干語気が強い。機嫌を損ねちゃったかな? 俺のせいで……可愛い。
「む、聞いてます?」
「はい、もちろん! 聞いてますよぉ、聞いてます。巽の言葉は一言たりとも聞き逃さない、そこは誇れる」
「まったく、本当にそうであれば俺にとっても都合の良い耳なんですけど」
ちゃんと呆れてるみたいだ。猫ミームのはん猫になってる。
「……すみません」
「分かってくれればいいんですよ。俺も言い過ぎてしまいました。すみません」
こちらこそと頭を下げる巽はなんて誠実な男なんだろう。結婚したい。気を緩めるとつい出てしまいそうになる4文字を彼の淹れてくれたお茶で飲み下す。
「それで」
と巽はファイルから一枚の紙を取り出し卓袱台にそっと差し置いた。
「まあ結婚はできないのですが、ものは言いようでパートナーシップは結べるのではと思いつきましてな。親友の契り、とでも呼びましょうか」
悪戯っ子みたいな顔をして俺を見る。
「結局は聖書をどう読むか、ですからね。主には全てお見通し。嘘を付くのはやめにしましょう」
「てことは」
「はい」はにかむ。
「俺と結婚してください」
初心な乙女みたいな顔をして、その瞳には太い太い一本の芯が宿っている。
「親友の契り……でしょうが」
溢れんばかりの幸福に背中を丸めて蹲った。「そうでしたね」と少し恥じらいながら、俺の背中を擦る巽。丁寧に俺の左手を抜き出し、花形の小さなダイヤが付いた指輪を嵌めてくれる。
それはあの日の約束の指輪にどこか似ていた。
「これ」
俺の言わんとしていることを巽は分かっていて
「俺は約束を守る男ですからね。」
と微笑む。
「とはいえ随分待たせてしまいました。俺さんがそのあいだ俺のそばを離れないでいてくれたこと、……ありがとう」
俺の花嫁は昔から誰を差し置いても男前だ。もはや嫁と呼ばれるのは俺のほうかもしれない。思っていると俺のポケットから四角い箱がこぼれた。
「これは」
拾い上げられる。あ、とかう、とか言葉にならない言葉をモゴモゴ出してる俺を、巽は不思議そう見て、思い当たったのか突然顔に明かりが灯ったようになった。そして黙って自分の左指を差し出す。俺は恭しく彼の手を取って薬指にシロツメクサを咲かせた。それは5月のエメラルド。あの麗らかな約束の日。
「俺花婿っぽいかな?」
「ふふ、どうでしょう」
「絶対幸せにする」
「俺もそのつもりですよ」
数十秒見つめ合って2人とも耐えきれなくなって笑い転げた。巽が徐ろに左手を天井にかざす。白い指の縁がほんのり赤く透き通って綺麗。黄金に輝く昼の光が障子戸越しに指輪を染め上げる。
並んで俺も手をかざした。
飛び散る白と緑と黄色の色彩。
「式はどうする?」
「やはり大っぴらには言えないことですからね」
うーんと考え込む。でも答えなんて当の昔に決まっていて。
「あの花畑でさ」
「シロツメクサの」
「そう」
「俺も俺さんと同じことを考えていました」
「きまり」
がバッと上体を起こして車のキーを取りに行く。縁側から見えた空は春らしく霞んでいて静かに眠気を誘う。俺はプラチナの花に中指を添えて顔の前で組んだ。
「夢じゃありませんように」
〈〈前の話 次の話〉〉
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「結婚してよ!!!!!!!!」
「俺さん、あのですね」
「結婚してよおおおおおお!!!!!やだやだやだ! け っこ ん~―――!」
「話ができない人と俺は結婚できません」
「そんなーーーーー(泣) 話聞けるから! 結婚しようよ」
「はぁ、まったく」
巽が座布団の上で居住まいを正すのを俺は畳の上で丸くなりながら見ている。視界の端に先ほど暴れて蹴り上げた自分の座布団が映る。気まずくて目をそらした。
「まず前提として俺の宗教では同性婚が認められていません。これは教義上、仕方のないことで俺にはどうすることもできません。それはわかりますね?」
いつもより若干語気が強い。機嫌を損ねちゃったかな? 俺のせいで……可愛い。
「む、聞いてます?」
「はい、もちろん! 聞いてますよぉ、聞いてます。巽の言葉は一言たりとも聞き逃さない、そこは誇れる」
「まったく、本当にそうであれば俺にとっても都合の良い耳なんですけど」
ちゃんと呆れてるみたいだ。猫ミームのはん猫になってる。
「……すみません」
「分かってくれればいいんですよ。俺も言い過ぎてしまいました。すみません」
こちらこそと頭を下げる巽はなんて誠実な男なんだろう。結婚したい。気を緩めるとつい出てしまいそうになる4文字を彼の淹れてくれたお茶で飲み下す。
「それで」
と巽はファイルから一枚の紙を取り出し卓袱台にそっと差し置いた。
「まあ結婚はできないのですが、ものは言いようでパートナーシップは結べるのではと思いつきましてな。親友の契り、とでも呼びましょうか」
悪戯っ子みたいな顔をして俺を見る。
「結局は聖書をどう読むか、ですからね。主には全てお見通し。嘘を付くのはやめにしましょう」
「てことは」
「はい」はにかむ。
「俺と結婚してください」
初心な乙女みたいな顔をして、その瞳には太い太い一本の芯が宿っている。
「親友の契り……でしょうが」
溢れんばかりの幸福に背中を丸めて蹲った。「そうでしたね」と少し恥じらいながら、俺の背中を擦る巽。丁寧に俺の左手を抜き出し、花形の小さなダイヤが付いた指輪を嵌めてくれる。
それはあの日の約束の指輪にどこか似ていた。
「これ」
俺の言わんとしていることを巽は分かっていて
「俺は約束を守る男ですからね。」
と微笑む。
「とはいえ随分待たせてしまいました。俺さんがそのあいだ俺のそばを離れないでいてくれたこと、……ありがとう」
俺の花嫁は昔から誰を差し置いても男前だ。もはや嫁と呼ばれるのは俺のほうかもしれない。思っていると俺のポケットから四角い箱がこぼれた。
「これは」
拾い上げられる。あ、とかう、とか言葉にならない言葉をモゴモゴ出してる俺を、巽は不思議そう見て、思い当たったのか突然顔に明かりが灯ったようになった。そして黙って自分の左指を差し出す。俺は恭しく彼の手を取って薬指にシロツメクサを咲かせた。それは5月のエメラルド。あの麗らかな約束の日。
「俺花婿っぽいかな?」
「ふふ、どうでしょう」
「絶対幸せにする」
「俺もそのつもりですよ」
数十秒見つめ合って2人とも耐えきれなくなって笑い転げた。巽が徐ろに左手を天井にかざす。白い指の縁がほんのり赤く透き通って綺麗。黄金に輝く昼の光が障子戸越しに指輪を染め上げる。
並んで俺も手をかざした。
飛び散る白と緑と黄色の色彩。
「式はどうする?」
「やはり大っぴらには言えないことですからね」
うーんと考え込む。でも答えなんて当の昔に決まっていて。
「あの花畑でさ」
「シロツメクサの」
「そう」
「俺も俺さんと同じことを考えていました」
「きまり」
がバッと上体を起こして車のキーを取りに行く。縁側から見えた空は春らしく霞んでいて静かに眠気を誘う。俺はプラチナの花に中指を添えて顔の前で組んだ。
「夢じゃありませんように」
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リンゴンリンゴン教会の鐘が鳴る。
うららかな5月の訪れ。ステンドグラスが日差しを染めて聖堂の床を色鮮やかに彩っている。司会者の合図とともに、チャペルの扉が開け放たれ新婦とその父親が入場。ガラス張りの天井から降る黄金の陽射しが花嫁を幸福の色に仕立て上げる。
それは誰もが憧れる人生のハイライト的情景。結婚式は女性のためにあるようなものと言う人もいるが、愛しい妻の晴れ姿を目近に焼き付けることのできるのは隣に並ぶ花婿の特権。僕はあこがれていた。
隣でシロツメクサを紡いでいる一人の天使。ふっくらもちもちのほっぺに桜色の唇を埋め小さく息をしている。
都会にぽっかり現れた桃源郷のような花畑。ここは僕らの遊び場。巽より一足先にシロツメクサで冠を編み上げた僕は、もう夢中になってしまっている彼の頭にそっとそれを被せた。
ピクリ、と首をすくませ、恐る恐る頭上の何かに手を伸ばす。そしてそれが何であるか認めた瞬間、ほろりほろりと笑みの桜をほころばす。言葉の代わりに僕の手を取り、その紅葉型の小さな指で仕立てた花の指輪を僕の薬指に嵌めた。
「俺と結婚してください」
彼の口からこの言葉が聞けるのはもう少し先のお話。今は
「おれ俺さんと大きくなったら結婚したいです」
甘い活舌で立派に敬語を使いこなす彼はアンバランスなようで釣り合いの取れた奇跡的な存在。輪をかけられた僕の指に小鳥のキスを落として満足そうに微笑む。僕はそんな男前な花嫁の、まあるい頭に手を添えて彼の左の瞼にちゅっと小さく口づけをした。
雲が流れて優しげな太陽が顔をのぞかせる。黄金の陽射しが天から降ってきて僕らを包み込む。ここは僕らの花園、エデンの園。
二人で抱き合って、ここまで温かい人間の体温を僕は知らない。